2020 年 11 月 13 日、 ベトナム国会は契約による ベトナム人労働者海外派遣法 No.69/2020/QH14(「改正法」 )を可決しました。 先月の弊社ニュースレターでも既にご紹介した内容とはなりますが、多くの事業者にとっても関心のあるテーマとなりますので、本稿にて再度ご紹介させていただきます。
改正法は労働競争力の向上、倫理的雇用の促進、労働者の権利・利益の最大限の保護を目的として現行法 No.72/2006/QH11 を改正するもので、 技能実習生、特定技能の送出等に関するベトナム側での基本となる法律であることから、これらの資格制度を利用することでベトナム人労働者の活用を検討する企業や関連事業を実施する 企業に大きな影響を与えるものと想定されます。改正法は 2022 年 1月 1 日より 施行されます。
その主要な改正事項は、以下の通りです。
1.定義規定の追加
改正法では、現行法に規定されている 個人契約、労働契約、海外派遣労働者を対象とした保証の定義を削除し、以下の定義規定を追加しています(第 3 条)。
用語 |
定義 |
海外使用者 |
労働契約に基づく海外で就労させるためにベトナム人労働者を雇用または使用する企業、組織または個人。 |
労働者を受け入れる海外当事者 |
海外使用者または海外の雇用事業組織。 |
労働差別 |
人種、肌の色、国籍または社会的身分、性別、年齢、妊娠・結婚に関する状況、宗教、政治的信念、身体的障害、家族責任、 HIV に関する 状況、労働組合の設立・加入・実施状況、企業内の雇用または職業機会の平等に影響を与える組織の労働者であることに基づいた差別、排除または優遇行為を指す。 特定の職業条件および脆弱な労働者の職業の維持ならびに保護から発生する 差別、排除または優遇は差別とはみなされない。 |
強制労働 |
強制、強制力行使への脅迫または労働者をその意思に反して就労させることを強制するその他の手段の使用。 |
契約による海外派遣ベトナム人のデータベースシステム |
契約により海外派遣されるベトナム人労働者の国家規模のデータの集積。 |
2.国家政策の追加
現行法第 5 条にも国家政策が規定されていますが、 改正法では以下が追加されています(第 4 条)。
・雇用の創出、海外派遣されたベトナム人が帰国した際の彼ら の知識、専門性を促進するためのスタートアップ事業の支援、 社会心理的なコンサルティングサービスの提供。
・不可抗力(労働者の責めに帰することができない理由)によって労働契約の終了前に帰国しなければならないベトナム人労働者に対する経済的および地域社会への復帰への支援。
・海外派遣されるベトナム人労働者の性的平等、職業機会および雇用、取引ならびに職業技術・外国語の再訓練の不差別、指向教育の保証。性的特性に関する海外にいる労働者の保護。
3.禁止行為の追加
現行法でも政府により禁止された地域、職業、業務への派遣、労働者海外派遣事業を悪用したベトナム人の海外派遣、費用の徴収が禁止されていますが、 改正法では以下が追加されています(第 7 条)。
・海外派遣されるベトナム人労働者の性的平等、職業機会および雇用、取引ならびに職業技術・外国語の再訓練の不差別、指向教育の保証。性的特性に関する海外にいる労働者の保護。
・法令に従った所轄国家機関の承認を得ることなく、海外で就労するための手続を直接実施し、または労働者を支援すること。
・契約により海外派遣されるベトナム人労働者の分野における労働差別および強制労働をすること。
・この法律に規定される預託金および保証を除いた義務の履行のための担保手段をとること。
・この法律に従わない手数料および仲介料を労働者から徴収すること。
・誘惑、そそのかし、約束、欺罔による勧誘もしくは労働者を欺くためのその他の手段を使用すること、または人身売買、人権侵害、強制労働、違法行為を犯すために契約による労働者の海外派遣を利用すること。
4.契約に基づくベトナム人労働者派遣
(1) 派遣の種類
現行法では海外派遣の形式は、①許可された労働者海外派遣事業の実施組織との労働者海外派遣契約、②労働者海外派遣事業の実施の落札または請負をした組織・個人との労働者海外派遣契約、③技能実習形態に基づく労働者海外派遣契約、④個人契約の 4 種類が規定されています(第 6 条)。
改正法では、 (a)国際条約、国際合意を実施するために非営利組織と締結された労働者海外派遣契約、 (b)企業、組織、個人と 締結された労働海外派遣契約契約、 (c)労働者による個人での直接契約の大きく 3 種類に整理し、現行法の①ないし③は(b)に、 ④は(c)にそれぞれ分類されています(第 5 条)。
(a)については、省、省級機関、政府直轄機関の管理下にある 非営利組織、省級人民員会議長によって設立された人材紹介センターとの契約に基づく派遣を意味し、人材紹介センターは労働者から預託金、保証金を受領することはできますが、手数料を徴収することは禁止されます。また、 (b)については、 その他に海外投資しているベトナム企業との契約が追加されています。
(2) 労働者海外派遣事業の実施組織(いわゆる 送出機関)の条件
労働者海外派遣事業を実施する組織(以下、この説明箇所では便宜上、「送出機関」 と表現します)は、所轄機関により許可を取得した後でなければ業務を実施することができないことは改正法においても同じですが、その許可のための条件が一部修正されています。
項目 |
現行法第 8 条、第 9 条 |
改正法第 10 条 1 項 |
最低資本金 |
政府により規定される。 政令 38/2020/ND-CP 第 6 条 1 項により5,000,000,000VND と規定されている。 |
5,000,000,000VND 以上でなければならない。 |
出資者 |
所有者、全ての社員、株主は投資法に従った内国投資家でなければならない。 | 所有者、全ての社員、株主は投資法に従った内国投資家でなければならない。 |
法的代表者等の資格 | 労働者海外派遣事業の管理活動の責任者は以下の条件を満たさなければならない。 ① 大学卒業以上の学位 ② 労働者海外派遣事業または国際協力・国際関係分野での最低 3 年以上の職務経験がある |
送出機関の法的代表者は以下の条件を満たさなければならない。 ① ベトナム国民 ② 大学卒業以上の学位 ③ 犯罪歴がない(国防に対する罪、人の生命・健康・名誉・信用を侵害する罪、虚偽広告に関する罪、詐欺罪、不法出入国・滞在の組織・仲介に関する罪、不法な国外逃亡または海外滞在の組織・仲介に関する罪、不法な国外逃亡または海外滞在の組織・仲介の強制に関する罪) ④ 労働者海外派遣事業または雇用サービス分野での最低 5 年以上の職務経験がある |
預託金 |
送出機関は政府の規定に従って預託金を提供しなければならない。 政令38/2020/ND-CP 第 10 条により1,000,000,000VND と規定されている。 |
送出機関は預託金を提供しなければならない。 |
労働者海外派遣計画 |
送出機関は労働者海外派遣計画を作成しなければならない。 | 刻々と変化する労働市場に対応した計画を作成することが困難であることから、 削除。 |
事業施設、設備 |
労働者の海外派遣前に、労働者に対する必要な知識の教育および派遣を実施する専門機構を有すること 。 | 労働者海外派遣事業を実施するための専門性を有する従業員の十分な確保、およびベトナム人労働者への教育を提供するための要件を充足する施設を有すること。 |
ウェブサイト |
― |
送出機関はウェブサイトを開設しなければならない。 |
そのほか、送出機関の義務として、 ①ウェブサイト上に出資者情報、預託金口座、法的代表者、専門スタッフリスト、本社住所、 教育施設を掲載し、変更があった場合にはウェブサイト上の情報も更新しなければならない、 ②労働者が就労を終了した日から 5 日以内および月次で、その送出機関が派遣した労働者に関する情報を契約による海外派遣ベトナム人のデータベースシステム内で更新しなければならないといったことが追加されています。
なお現在、許可を取得し適法に活動している送出機関に対する経過措置として、 12 ヶ月以内に改正法規定の条件を充足しなければならず、これを怠った送出機関の許可は労働傷病兵社会問題省によって剥奪されます。また、締結済みの労働契約、労働者海外派遣契約はその内容が改正法に規定される条件に違反するものでなく 、またそれよりも労働者によって有利なものである場合、当事者等による 別途の修正等の合意がない限り有効に存続することとされています。
5.派遣労働者の権利および条件の追加(1) 派遣労働者の権利(第 46 条)
改正法では海外派遣されるベトナム人労働者に以下の権利を認めています。
– 労働者が職務従事中に迫害され、強制労働を受け、生命・健康を侵害され、セクシャルハラスメントを受ける明確な危険がある 場合、労働契約を一方的に解除することができる。
– ベトナムと社会保障協定または二重課税防止の租税条約を締結している国において、社会保険料および個人所得税を二重に支払う必要がない。
– 雇用創出、帰国後のスタートアップのカウンセリング、支援を受け、 社会心理的なカウンセリングサービスを受けることができる。
派遣されるベトナム人労働者に対する条件として大きな変更点はないものの、以下のように一部修正がされています。
現行法第 42 条 |
改正法第 45 条 |
・十分な民事行為能力を有すること。 ・海外派遣は自己の意思決定によるものであること。 ・法令を遵守する意識が高く、人格が良好な者であること。 ・ベトナムの法令および受入国の要求に従い、健康が良好であること。 ・労働者受入市場の要求に応じる外国語、専門知識、技術、技能およびその他の条件を満たしたこと。 ・必要な知識習得終了証明書を有すること。 ・ベトナムの法令に規定されるところにより、出国禁止の対象者ではないこと。 |
・十分な民事行為能力を有すること。 ・海外派遣は自己の意思決定によるものであること。 ・ベトナムの法令および受入国の要求に従い、健康が良好であること。 ・労働者受入市場の要求に応じる外国語、専門知識、技術、技能およびその他の条件を満たしたこと。 ・海外派遣前に必要な知識習得終了証明書を有すること。 ・ベトナムの法令に規定されるところにより、出国禁止、停止の対象者ではないこと。 |
6.手数料、仲介料
ベトナム人労働者の海外派遣に伴って発生する手数料に関する規定に以下の改正点があります。
項目 |
現行法 |
改正法 |
定義 |
手数料は、労働者海外派遣契約を実施するために、労働者が派遣事業実施企業に支払う費用である (第 21 条 1 項)。 | 手数料は、契約に基づいてベトナム人労働者の海外派遣事業を実施するために①派遣労働者、 ②受入外国当事者から 派遣事業実施企業が受け取る金銭である (第 23 条 1 項)。 |
手数料の徴収時期 |
派遣事業実施企業は、手数料を労働者の出国前に一括で徴収し、または労働者が海外派遣期間中に複数回に分けて徴収することについて、労働者と合意する (第21 条 2 項)。 | 派遣事業実施企業は、労働供給契約を労働傷病兵社会問題省に登録し、承認を受けた後でのみ手数料を徴収することができる (第 23 条 2 項)。 |
手数料の返還 |
契約の全期間分の手数料を支払った労働者が、労働者の責めに帰することができない事由により、 やむを得ず労働者が期間満了前に帰国しなければならなかった場合、派遣事業実施企業は手数料の一部を返還しなければならない。この際に利 息は発生しない(第 21 条 3 項)。 |
現行法と同様の場合、派遣事業実施企業は労働者に手数料の一部を返還しなければならない。返還時における国家銀行のベトナムドンの当座預金の最大利率が適用される (第 23 条 3 項)。 |
手数料徴収の |
― |
労働者を受け入れる 外国企業が手数料を支払った場合、派遣事業実施企業は、合意した金額から 不足分のみを労働者から徴収できる。 海外派遣の労働契約の延長に伴い追加の手数料に関する合意がある場合、その手数料は延長される 12 ヶ月につき半月分の給与相当額を超えない(第 23 条 4 項)。 |
次に、仲介料について現行法第 20 条 1 項では、労働者提供契約を締結、実施するために、企業が仲介者に支払う費用であり、労働者は派遣企業に仲介料の全額または一部を支払う責任を負うとされています。 他方、 改正法では労働者の仲介料の支払責任が削除されています。
これに加えて仲介契約の定義も追加しています。仲介契約とは、派遣事業実施企業と仲介組織・個人との間における 労働者派遣契約を締結するためにベトナム人労働者を受け入れる外国当事者を紹介する書面による契約を指すこととされます。
7.労働者の預託金現行法では、預託金とは、労働者が派遣企業実施企業との合意に基づいて当該企業の口座に入金する金銭であり、労働者海外派遣契約が終了した際にこの預託金の元本と利息が労働者に返還されると規定されています(第 23 条 1 項、 2 項)。
改正法ではこれらの規定を維持しつつ、 派遣事業実施企業が預託金を労働者に適切に返還しない場合、労働者はその返還を求めて労働傷病兵社会問題省に請求できる労働者の権利規定を追加しています(第 25 条 4 項)。
8.海外労働助成基金に関する規定
(1) 定義
現行法においても海外労働助成基金に関する規定は置かれていましたが、明確な定義はありませんでした。
改正法第 66 条 1 項において、同基金は、労働傷病兵社会問題省の管理下にある 予算外の国家財源基金であり、その目的・任務は①市場の発展、安定、拡張、②労働者および事業のリスク予防、最小化、克服、③労働者の権利、利益の保護であり、そのために非営利目的で活用され、法人資格を有し、独立会計が実施される ものと定義されています。所轄省庁、設立目的、利用方法等が明確になっています。
なお、予算外の国家財源基金は、管轄機関によって設立が決定される基金で、国家予算と独立に活動し、当基金の収入や支出任務が法令規定に従った各種任務を実現するためのものをいいます(国家予算法 No.83/2015/QH14 第 4 条 19 項)。
(2) 任務
現行法でも海外労働助成基金の目的を海外の労働市場の発展・拡大、労働者の能力の向上、企業および労働者に対する問題解決の支援と規定していましたが(現行法第 66 条)、改正法では、更に以下の通り詳細に任務を規定しています(第 67 条)。
– 以下の場合の労働者を支援する。
・労災事故、危険な事故、病気、 怪我に遭遇し、 就労を継続することが十分でない健康状態にある労働者で、 予定より前にベトナムに帰国しなければならない者
・①自然災害、疫病、政治的不安定、戦争、火災、不景気またはその他の不可抗力による使用者の解散、破産、減産、②使用者が強制労働や労働者の生命、健康を害する 又はセクシュアルハラスメントを受けた危険な業務を強いた際の労働者からの一方的な労働契約解除を理由として、 予定より前にベトナムに帰国しなければならない者
・契約に基づく海外派遣労働者に関する紛争の処理
・労働者が海外で就労している間に死亡、失踪した場合の親族への支援
– 以下の場合の企業を支援する。
・新規労働市場、専攻、職業の開発、発展、安定化
・ベトナム労働人材の促進
・派遣される労働者に関するリスクの処理
(3) 財源
国家予算の援助がないことは、上記(1)の定義において当基金が予算外の国家財源基金とされていることからも読み取ることができます。
現行法第 67 条 |
改正法第 68 条 |
・企業による納入 ・労働者による納入 ・国家予算による援助 ・その他の適法的な徴収 |
・事業実施企業(送出機関)による納入 ・労働者による納入 ・その他の適法的な徴収 |
9.比較表(簡易版)
項目 |
現行法 |
改正法 |
禁止行為 |
・ 許可証の不正利用、不正貸与 ・不法滞在の勧誘等 |
【追加】 ・労働者海外派遣事業に対する差別、強制労働をさせること ・法定のエスクロー、保証の他に義務履行確保のための担保をとること 【削除】 ・入国後に職場に来ない又は職場から脱走すること |
海外派遣の形式 |
1.派遣実施企業との労働者海外派遣契約 2.労働者海外派遣の請負企業又は海外進出する組織、個人との派遣契約 3.派遣実施企業との技能実習形態に基づく派遣契約 4.個人契約 |
1.国際条約、国際協約を実施するために非営利組織と締結された労働者派遣契約 2.特定の企業、組織、個人との契約(左記 1~3 に該当) 3.個人契約 |
実施事業者 |
・最低資本金: 5,000,000,000VND1 ・出資者/株主は、ベトナムの組織/個人(内資) ・主導者は、大学卒業以上で労働者海外派遣又は国際協力分野において 3 年以上の勤務経験を有すること ・デポジット: 1,000,000,000VND 等 |
・最低資本金: 5,000,000,000VND ・出資者/株主は、ベトナムの組織/個人(内資) ・ 法的代表者は、ベトナム国民(学位、職歴、犯罪歴等の条件あり ) ・デポジット: 1,000,000,000VND ・ウェブサイト 上での情報公開等 |
非営利組織 |
―(規定なし) | 省級人民委員会委員長により設置される人材紹介センター |
派遣労働者 |
・情報提供の要求 ・社会保険等の権利享受 ・ベトナムおよび受入国の法令に基づく権利の保護、所轄機関からの支援 ・受入国からベトナムへの給与、財産等の運搬支援等 |
【左記に追記】 ・ 虐待、強制労働、生命/身体への険、セクハラを受けた際の一方的な契約終了 ・二国間租税条約に基づく二重課税の免除 ・帰国後の雇用機会、起業支援等 |
手数料、仲介料 |
【手数料】 ・派遣労働者→実施(送出)事業者 ・出国前に一括又は派遣中に複数回支払う ・返還時の利息なし 【仲介料】 ・労働者は全部又は一部支払義務がある |
【手数料】 |
1政令 No.38/2020/ND-CP 第 6 条 1 項
以上